潜在意識を書き換えなくなったら、人生が静かに整い始めた

潜在意識という言葉は、

とても便利だった。

うまくいかない理由を、

自分の内側に

まとめて説明できたからだ。

現実が動かないのは、

努力が足りないわけじゃない。

運が悪いわけでもない。

潜在意識が原因だ。

この説明は、

一度聞くと

かなり納得感がある。

しかも、

どこか希望もある。

潜在意識を書き換えれば、

現実が変わる。

内側を整えれば、

人生が好転する。

そう言われると、

「まだ可能性がある」と

思える。

でも、

ここから

静かに始まっていたことがある。

それは、

終わらない内側チェック

だ。

今の思考は大丈夫か。

この感情は問題ないか。

無意識に

ブロックはないか。

潜在意識を

意識し始めた瞬間から、

人生は

外側ではなく

内側を

監視するゲームに変わる。

しかも、

この監視には

終わりがない。

なぜなら、

潜在意識は

目に見えないからだ。

書き換わったかどうかを、

確かめる方法がない。

だから、

現実を見る。

現実が思い通りでなければ、

「まだ書き換わっていない」と

判断する。

すると、

さらに内側を探す。

この循環が、

多くの人を

疲れさせていった。

潜在意識を書き換えようと

していた頃、

実は

一つの前提が

置かれていた。

それは、

今の自分は

 どこか間違っている

という前提だ。

今の信念はズレている。

今の反応は良くない。

今の状態では足りない。

だから、

直す必要がある。

書き換える必要がある。

この前提に立ったまま、

どれだけ

ポジティブな言葉を使っても、

安心は

長く続かない。

なぜなら、

安心するには

「もう直さなくていい」

と感じる必要があるからだ。

でも、

書き換えを前提にしている限り、

どこかで

「まだ足りない」が残る。

潜在意識の世界では、

よくこう言われる。

「現実は内面の投影だ」

この言葉自体は、

間違っていない。

でも、

この言葉の使われ方が、

多くの人を

消耗させた。

現実がうまくいかない

=内面が悪い

=修正が必要

この図式ができた瞬間、

人生は

常に

修理中の状態

になる。

修理中の人生は、

落ち着かない。

いつ直るか分からない。

どこが原因かも

はっきりしない。

しかも、

修理しているのは

自分自身だ。

ここで、

とても大事な事実がある。

潜在意識を書き換える前から、

私たちは

生きてきた。

失敗もしたし、

遠回りもした。

でも、

致命的に壊れてはいなかった。

それなのに、

潜在意識を学んだ途端、

人生は

「要修正の対象」

に変わった。

ここに、

苦しさの正体がある。

潜在意識を

良くしようとしたのではない。

今の自分を

 信頼しなくなった

だけだった。

潜在意識を書き換えなくなった

きっかけは、

人それぞれだ。

疲れ切った人もいれば、

違和感を

言葉にできなくなった人もいる。

共通しているのは、

ある瞬間だ。

「もう、

 これ以上

 内側を探したくない」

この感覚が出てきたとき、

多くの人は

一度

すべてをやめる。

アファメーションをやめる。

内観をやめる。

書き換えワークをやめる。

すると、

最初は

少し不安になる。

「何もしなくて

 大丈夫なのか」

でも、

ここで

意外なことが起き始める。

何もしなくても、

 現実が崩れない。

一日が終わる。

次の日が来る。

人と会話する。

仕事が進む。

潜在意識を

管理していなくても、

人生は

普通に続いていた。

この体験が、

少しずつ

見え方を変えていく。

潜在意識は、

使うものではなかった。

操作するものでもなかった。

勝手に働いていたもの

だった。

呼吸のように。

心拍のように。

それを

無理に

意識の管理下に

置こうとしていただけ。

ここまでで、

一つの感覚が

戻ってくる。

「触らなくても、

 よかったんだ」

この感覚は、

思考の結論ではない。

体験として、

何度も確認されていく。

この続きでは、

潜在意識を

触らなくなったあと、

実際に

何が変わっていったのか。

そして、

なぜ

「静かに整い始めた」と

感じるのか。

もう少し

深く見ていく。

潜在意識を

触らなくなったあと、

多くの人が

まず感じるのは

静けさだ。

何かが

劇的に変わるわけではない。

大きな成功が

突然舞い込むわけでもない。

ただ、

内側が騒がしくなくなる。

以前は、

何かあるたびに

こう考えていた。

これは潜在意識の反映だろうか。

今の反応は正しいだろうか。

ここにブロックがあるのではないか。

こうした思考が、

一日に何度も

頭をよぎっていた。

潜在意識を

触らなくなったことで、

この確認が

消えていく。

確認が消えると、

評価も消える。

評価が消えると、

現実は

そのまま通り過ぎる。

良いとも悪いとも

決めないまま、

出来事が

終わっていく。

この状態に

最初は

少し戸惑う人もいる。

「これで、

 ちゃんと進んでいるんだろうか」

でも、

ここで

何度も

同じ事実に出会う。

進んでいなかったことが、

 一度もなかった。

潜在意識を

管理していない日も、

仕事は進む。

人間関係は動く。

状況は変わる。

これを

何度も体験することで、

一つの誤解が

ほどけていく。

「潜在意識を

 操作しないと、

 人生は止まる」

この思い込みは、

事実ではなかった。

むしろ、

操作しようとするほど、

人生は

ぎこちなくなっていた。

潜在意識を

書き換えていた頃、

多くの人は

「良くなろう」としていた。

でも、

良くなろうとする行為には、

必ず

比較が含まれる。

今より、

もっと良い自分。

今より、

望ましい状態。

この比較がある限り、

今は

常に

「改善前」になる。

改善前の状態は、

落ち着かない。

だから、

直したくなる。

整えたくなる。

でも、

潜在意識を

触らなくなったあと、

この比較が

自然と消えていく。

良い自分と

悪い自分を

比べなくなる。

ただ、

今の反応を

そのまま

受け取る。

疲れているなら休む。

違和感があるなら離れる。

興味があれば近づく。

このシンプルな反応が、

結果的に

人生を

整えていく。

ここで大事なのは、

「整えよう」と

していないことだ。

整えようとしなかったから、

 整った

という逆説。

潜在意識は、

整えられることで

機能していたのではない。

邪魔されないことで

 本来の働きを

 取り戻していた

だけだった。

潜在意識を

触らなくなったあと、

選択が

軽くなったと

感じる人は多い。

以前は、

この選択は

将来にどう影響するか。

正しい方向か。

ズレていないか。

こうした

重たい意味を

背負わせていた。

でも今は、

ただ

反応を見る。

今、

楽か。

今、

無理がないか。

この基準に戻ると、

選択は

人生を決める

一大事ではなくなる。

一時的な反応として、

選ばれる。

もし違ったら、

反応が変わる。

変わったら、

また選ぶ。

この循環の中では、

失敗という言葉が

ほとんど意味を持たない。

うまくいかなかったとしても、

「反応が違っただけ」

になる。

この軽さが、

人生のスピードを

自然に戻す。

潜在意識を

書き換えなくなったあと、

「現実が整い始めた」と

感じる理由は、

ここにある。

何かを

付け足したからではない。

余計な管理を

 外したから

だった。

潜在意識は、

人生を

コントロールする装置ではない。

現実を

起こすスイッチでもない。

ただ、

環境や状況に

反応し続ける

働きだった。

その働きを、

信頼し直した。

それだけのことだった。

もし、

潜在意識に

疲れていたなら。

それは、

あなたが

真剣に

向き合ってきた証拠だ。

疑って、

やめたことも、

後退ではない。

次の段階に

 進んだだけ

だ。

潜在意識を書き換えなくなっても、

人生は

壊れなかった。

むしろ、

静かに

滑らかに

進み始めた。

それが、

この体験の

いちばん確かな証拠だ。

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