量子力学で引き寄せが起きると思っていた頃の、いちばん大きな勘違い

量子力学と引き寄せの話を初めて聞いたとき、

正直、かなり納得してしまった人は多いと思う。

「観測すると結果が変わる」

「意識を向けたものが現実になる」

「思考が粒子に影響する」

これらの説明は、

希望があったし、

どこか救われる感じもあった。

努力や環境だけではどうにもならなかった現実に、

別のルートが見えた気がしたからだ。

だからこそ、

量子力学はスピリチュアルや引き寄せの世界で、

一気に広まっていった。

でも今振り返ると、

そこには一つ、

決定的な勘違いがあった。

それは、

量子力学は「現実を起こす理論」だと思われていた

という点だ。

実際には、

量子力学は

「現実がどう振る舞っているか」を

説明しているだけの学問だ。

現実を

どうにかする方法を

教えているわけではない。

ここが、

いちばん最初のズレだった。

量子力学でよく引き合いに出される

「観測者効果」。

この言葉だけが独り歩きして、

いつの間にか

こんな意味に変換されていた。

「人が意識を向けることで、

 現実が決まる」

でも、

物理学で言う観測とは、

人が願ったり、

強く思ったりすることではない。

測定装置との相互作用、

環境との関係性、

物理的な干渉。

そこには、

「叶えたい」という感情や

「こうなってほしい」という願望は

一切含まれていない。

にもかかわらず、

引き寄せの文脈では、

観測=意識

意識=願い

という変換が起きた。

この変換が、

とても巧妙だった。

なぜなら、

人は「自分に影響力がある」と思えると、

少し安心するからだ。

現実がうまくいかない理由を、

運や環境のせいにしなくて済む。

「自分の意識が影響している」

そう考えられると、

希望が残る。

でも同時に、

この考え方は

静かな責任も生み出す。

うまくいったら、

自分の意識のおかげ。

うまくいかなかったら、

自分の意識が足りない。

ここから、

引き寄せは

だんだんと

しんどいものに変わっていく。

量子力学を信じれば信じるほど、

自分の内側を

チェックする頻度が増えていく。

今の思考は正しいか。

ネガティブになっていないか。

望まない現実を観測していないか。

こうして、

人生は

生きるものから

管理するものへと変わった。

ここで、

一つ確認しておきたい。

量子力学は、

「現実は不確定である」

とは言っている。

でも、

「人が自由に操れる」

とは言っていない。

不確定と、

操作可能は、

まったく別だ。

この違いが

見落とされたまま、

量子力学は

引き寄せの裏付けとして

使われ続けてきた。

その結果、

多くの人が

ある状態に入っていく。

常に現実を

評価している状態。

今の出来事は

引き寄せに沿っているか。

ズレていないか。

正しい流れか。

この評価が続くと、

人生は

とても疲れる。

なぜなら、

評価している限り、

「まだ足りない可能性」が

常に残るからだ。

量子力学を信じていた頃、

多くの人が

無意識にこう思っていた。

「現実は、

 まだ完成していない」

だから、

願う。

意識する。

整える。

でも、

ここにこそ

最大の勘違いがあった。

現実は、

 完成してから起きるものではなかった。

観測される前から、

意識される前から、

願われる前から。

出来事は

すでに進行していた。

仕事の話は

知らないところで動く。

人の感情は

こちらの意図と関係なく変わる。

状況は

勝手に整理されていく。

これらはすべて、

「引き寄せた」わけではない。

ただ、

起きていた。

量子力学が示していたのは、

むしろこちら側だった。

現実は、

 人が操作しなくても

 進行している

それなのに、

いつの間にか

量子力学は

「現実を起こすための理論」に

変換されてしまった。

ここで、

もう一つの勘違いが重なる。

「観測していないものは、

 存在していない」

これも、

引き寄せ文脈で

よく使われる考え方だ。

でも、

日常を見れば分かる。

見ていなくても、

物事は起きている。

意識していなくても、

関係は変わる。

観測していなかったから

起きなかったのではない。

観測していなかったから、

 評価していなかっただけ

だった。

評価しなかった出来事は、

成功にも失敗にもならない。

ただ、

通り過ぎていく。

量子力学と引き寄せが

結びついたことで、

私たちは

この「評価しない時間」を

失っていた。

常に

意味を探し、

正しさを確認し、

流れをチェックする。

それが、

疲れの正体だった。

このあと、

引き寄せが

なぜ「願うほど重くなったのか」。

量子力学が

どこで誤解され続けたのか。

そして、

現実は本当は

どう進んでいたのか。

この続きを、

もう少し深く見ていく。

量子力学と引き寄せが結びついたことで、

多くの人が

「現実は意識次第で変えられる」

と信じるようになった。

この考え方自体は、

一見すると前向きだ。

でも、

実際にそれを真面目に実践し始めると、

ある違和感が出てくる。

なぜか、気が休まらない。

理由は単純だ。

現実が

「起きているもの」ではなく、

「起こすべきもの」

に変わったから。

本来、

現実は

天気のようなものだ。

晴れる日もあれば、

雨の日もある。

でも、

量子力学×引き寄せの解釈では、

こうなる。

晴れたら成功。

雨が降ったら、

どこかで意識を間違えた。

こうして、

人生は

常に原因探しの対象

になる。

うまくいかない理由は何か。

まだ足りない意識はどこか。

観測の仕方が甘かったのか。

この思考が続くと、

人は

どんどん現実から離れていく。

現実を

体験するのではなく、

点検するようになる

からだ。

量子力学が本来扱っているのは、

「現象がどう振る舞うか」

という話だ。

そこに、

「うまくいく・いかない」

「幸せ・不幸」

という評価は含まれていない。

でも、

引き寄せと結びついた瞬間、

量子力学は

人生の採点基準として

使われ始めた。

このとき、

もう一つの誤解が生まれる。

「意識していないと、

 現実はズレる」

だから、

意識を向け続けなければならない。

正しく観測し続けなければならない。

でも、

冷静に考えてみてほしい。

人は一日のほとんどを、

無意識で過ごしている。

仕事中も、

移動中も、

寝ている間も。

それでも、

人生は止まらない。

むしろ、

意識を向けていない時間のほうが、

物事は

自然に進んでいることが多い。

大事な話が

知らないところで進んでいたり、

人間関係が

勝手に整理されていたり。

これらは、

引き寄せの成果ではない。

意識が介入していなかった結果

だ。

量子力学が示していたのは、

この「介入しなくても進む現実」

だったはずだ。

なのに、

いつの間にか

私たちは

逆のことをしていた。

現実に

常に手を入れ、

意味を与え、

方向づけようとしていた。

ここで、

一つ大事な視点がある。

量子力学は、

「不確定性」を示した。

でもそれは、

「人の意図で自由に決まる」

という意味ではない。

不確定とは、

まだ決まっていない余地がある

ということだ。

そしてその余地は、

願いを待っているわけでも、

意識を向けられるのを

待っているわけでもない。

環境や条件、

時間の流れの中で、

現実は

淡々と選ばれていく。

つまり、

量子力学が示していたのは、

「人が頑張らなくても、

 現実は勝手に進行する」

という前提だった。

これに気づいたとき、

引き寄せに対する

見え方が変わる。

引き寄せが

うまくいったように見える瞬間は、

実は

何かを起こしたからではない。

邪魔をしなかった

だけだった。

条件をつけなかった。

評価しなかった。

意味を押し付けなかった。

だから、

流れが

そのまま見えただけ。

量子力学を

引き寄せの証明として

使っていた頃、

多くの人は

こう思っていた。

「正しく観測すれば、

 正しい現実が来る」

でも、

実際には違った。

正しく観測しなくても、

現実は来ていた。

願う前から、

意識する前から、

出来事は

すでに動いていた。

量子力学と引き寄せの

いちばん大きな勘違いは、

ここにある。

現実は、

 起こすものではなかった。

引き寄せるものでも、

操作するものでも、

管理するものでもなかった。

ただ、

進行していた。

この視点に立つと、

人生は

少し静かになる。

何かを

証明しなくていい。

正しさを

維持しなくていい。

今この瞬間に、

致命的な問題が起きていないなら、

それで十分だった。

量子力学は、

人生を

うまくするための理論ではない。

むしろ、

人生がすでに動いていることを、

 邪魔しないための視点

だった。

もし、

引き寄せや量子力学に

疲れていたなら。

それは、

あなたが間違っていたからではない。

真面目に信じて、

 ちゃんと向き合ってきた証拠

だ。

そして今、

その役目が

終わっただけ。

現実は、

願う前から動いていた。

それに気づいた瞬間から、

もう何かを

頑張って起こす必要はない。

あとは、

進んでいる現実を

邪魔しないだけでいい。

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